エルテックラボ代表の物流ジャーナリスト 菊田一郎氏をホストに、さまざまなゲストをお迎えするハコベルスペシャル対談。2024年7月に開催された第43回では「中堅倉庫会社がDXグランプリ!中小にもできた物流DX/GX/EX」と題し、経済産業省の「DXセレクション2024」でグランプリを受賞した浜松倉庫株式会社代表取締役社長 中山彰人氏をお迎えしました。同社がどのようにDXを実現してきたのか、そのプロセスと成果をお聞きします。
浜松倉庫株式会社
代表取締役社長
中山 彰人 氏
1970年生まれ、静岡県浜松市出身。2013年浜松倉庫株式会社代表取締役社長就任。2020年5月~2024年5月 静岡県倉庫協会会長。浜松倉庫株式会社は1907年創業の倉庫会社。「正確に、迅速に、親切に」をポリシーに掲げ、地域密着型の総合物流を展開している。時代を先駆けることと共に長期的視点を意識し、女性活躍・業務改革(DX)等に取組み、経済産業省主催のDXセレクション2024では、グランプリを受賞した。
エルテックラボ L-Tech Lab
菊田 一郎 氏
1982年、名古屋大学経済学部卒業。物流専門出版社に37年間勤務し月刊誌編集長、代表取締役社長、関連団体役員等を兼務歴任。この間、国内・欧米・アジアの物流現場・企業取材は約1,000件、講演・寄稿など外部発信多数。
2020年6月に独立し現職。物流、サプライチェーン・ロジスティクス分野のデジタル化・自動化/DX、SDGs/ESG対応等のテーマにフォーカスし、著述、取材、講演、アドバイザリー業務等を展開中。17年6月より㈱大田花き 社外取締役、20年6月より㈱日本海事新聞社顧問、同年後期より流通経済大学非常勤講師。21年1月よりハコベル㈱顧問。著書に「先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える」(白桃書房、共著)、ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト「ロジスティクス・オペレーション3級」(中央職業能力開発協会、11年・17年改訂版、共著)など。
ウェビナー冒頭の「キクタ前ぶり解説」では、「なぜ物流DX/GX/EXが必要なのか」と題し、菊田氏が提唱する“物流DXの最終目的”が解説されました。
そもそも「DX」とは何でしょうか。DXの「X」はそれ1字で「Transformation(変質・変態)」を表し、語源から考えれば単なる“デジタル化”や“改善”といったレベルではなく、まるごと形を変えるような変革が本来のDXであると言えます。しかし、物流業界のビジネスモデル変革には時間がかかります。まずは足下から始めなくてはなりません。
菊田氏「紙の伝票をデジタル化する、WMS(倉庫管理システム)を導入して倉庫プロセスをデジタル化するなど、とにかくデジタル化しないことには始まりません。まず現場DX、物流センターDXから始めようと私は訴えています」
菊田氏は、DXの推進はGX(Green Transformation)、EX(Employee Experience)への貢献にもつながると主張します。GXとは、脱炭素を進めクリーンなエネルギーを活用していくための変革です。配送計画の最適化・積載効率向上によるトラック減便、省スペース・稼働短縮による倉庫の電力使用量削減など、DXの推進は脱炭素化や廃棄物削減にもつながります。
一方EXとは、組織における従業員体験を改善し、人材確保や定着率向上をはかる取り組みです。DXで機械化が進めば重い荷運びや高温・寒冷環境での作業が削減され、デジタル化でノウハウや暗黙知を共有できるなど、働く環境の改善や事業のサステナブル化が期待できます。これはEXのトランスフォーメーション、つまり「EX2」であると菊田氏は言います。
菊田氏「DXは生産性向上や省力化を目指す施策ですが、最終的にはGX/EX2にも貢献するものであるということを視野に入れ、取り組んでいくべきであります」
では、2024年の経済産業省「DXセレクション(中堅・中小企業等のDX優良事例選定)」グランプリを受賞した浜松倉庫株式会社は、DXにどのように取り組んできたのでしょうか。
浜松倉庫は創業1907年(明治40年)。現在の代表取締役社長 中山氏の高祖父である中山誠一氏ほか、当時の浜松の財界人が発起人となり、事業を通じて賑わいをもたらし地域に貢献する思いで設立されました。従業員125名の85%以上が正社員、平均年齢は35.9歳と若く、男女比は6:4と多くの女性が活躍する企業になっています。特に女性採用は2005年から積極的に進め、男女問わず物流現場で活躍する土壌を築いてきました。
同社がグランプリを受賞した「DXセレクション」とは、中堅・中小企業のモデルケースとなるようなDX推進の優良事例を選定する経済産業省の施策です。同社において、これまでに基幹システムの刷新と同時に業務全体のデジタル化を実現し、生産性30%向上、営業利益率4.5%向上達成など、大きな成果を挙げたことが評価されました。
ここへ至る業務体制の徹底的な見直しに取りかかったのは2015年でした。中山氏は、プロジェクトを4つのフェーズで進めてきたと説明します。
中山氏「まず第1期は、当時40歳前後だった管理職3名を集め、当社が10年後・20年後に生き残るには何をすればいいのか、我々が目指すべき方向性というものを4ヶ月かけて考えてもらいました。
ここで出てきた3つのキーワード『業務スリム・営業力強化・品質向上』について、第2期ではより具体的に掘り下げていきました。10年後・20年後にキーマンになるであろう20代の社員23名にも加わってもらい、約7ヶ月かけて変革のビジョンを描いていきました」
1年近い社内での議論を経て、いよいよ新システムの検討・業者選定を行う第3期へ進みます。ここでは5社からの提案を受け、最終的に従来のシステムで取引のあったベンダーと、新規のベンダーの2社に絞り込まれました。
中山氏「社内役員会などでも議論を重ねましたが、ベテランの役員は実績のあるベンダーで継続しましょう、若い役員や部長クラスはせっかくならゼロからやりましょうという意見でした。どちらが正解ということはなかったと思います。ただ、第1期・第2期で新しいことに取り組んできましたので、それならゼロベースでやろうと新規のベンダーを選択することにしました」
そして、第4期としてITベンダーによるシステムの開発・導入が開始されたのです。
プロジェクトを進めるにあたり、同社では3つのポイントに注力しました。
一つは「自分たちで一から考える」ことです。基幹システムのリプレースともなれば、課題整理の段階からコンサルタントを入れる企業が多いでしょう。しかし同社ではトップダウンでなくボトムアップで社員たち自身がゼロベースから自分たちの業務のあり方を考えてきました。若手にビジョンを描いてもらうため、中山氏はプロジェクトに入る社員が実務から離れて活動しやすくなるよう上司へ依頼するなど、「環境をつくること」がトップの役割であったと言います。
二つ目は「お客様を巻き込む」ことです。物流DXはサプライチェーン全体を意識しなくてはなりません。同社では全顧客を対象にアンケートを行い、情報収集から始めました。
中山氏「我々としてはこの時点で全てデータ化しようと決めていましたが、当時はまだFAXでのご依頼や業務指示が多かったのです。すべてのお客様にEDI(Electronic Data Interchange)に対応していただけるかというと、そうはいきません。そこで、EメールにExcelファイルを添付してもらい我々の方でBIツールを使ってシステムに取り込む方法と、我々のシステムに“お客様用の入り口”を用意し、お客様ご自身がそこから入力する方法を用意しました。複数の方法を用意したことでお客様側で選択が可能になり、我々の本来やりたかったことが実現できたと思います」
三つ目は「従業員のマインドチェンジ」です。第1期・第2期に続け、第3期・第4期でも徐々に関係する従業員を増やし、最終的に全員にまで広げていきました。その後は例外をつくらず全業務のデジタル化を徹底し、紙とペンを使わないやり方を強力に推進したのです。社内広報や、あえて社外の施設を借りて開催した全社説明会など、中山氏は会社が変わるのだというメッセージをさまざまな方法で伝え続けました。
こうして、新しい基幹システムと業務の刷新により全倉庫無線LAN化と全商品のバーコードによる管理体制が構築され、ペーパレスによる情報のデータ化で、品質向上とリアルタイムな情報管理が実現したのです。
同社の業務変革は、倉庫の中だけにとどまりませんでした。例を挙げると、顧客ごとの発送回数・発送口数をグラフ化したところ、突出して多い顧客が見つかりました。理由を聞くと梱包に回していることがわかり、運送の削減やリードタイム短縮のために同社で梱包まで請け負うことを提案できたのです。こうした発見も、業務刷新によりデータを分析する時間を確保できるようになったことの成果です。
中山氏「データをただ集めるだけではなく、集めたデータを活用する段階に入っていくと、今まで見えなかったことが見えてきます。そこから私たちにできることを考えてお客様にご提案することで、大変喜んでいただいています。直接自社の利益にならないことであっても、結果的にデータ活用が2024年問題の解決に少しでも寄与できればと思っています」
こうした取り組みの結果、冒頭で紹介したように生産性30%向上、営業利益率4.5%向上を達成し、10人工の余力が生まれました。その10人は並行して進めていた新しいセンターの初期スタッフを任されることになりました。
中山氏「業務改革によって成果が出ることは、従業員からすると自分の仕事や職場はどうなるのかと不安に感じられるものです。その不安を取り除くことも重要だと考えています。その意味で、システム導入をIT部門主導で考えるのではなく、経営戦略的な視点で推進し、人に関わる部分も同時に見ていく必要があると感じています」
同社では現在も、“業界の当たり前”を見直すことで新しいやり方への道を模索したり、従業員のモチベーションを高めるための人事評価制度改革を行うなど、業務改善を続けています。菊田氏はこれを、「SPC(サービスプロフィットチェーン)理論」の実現であると評価します。
菊田氏「従業員満足度が高まると品質がアップし、お客様の利用頻度が上がって収益が向上するという、理想的な“善のサイクル”ができています。誇りを持って働ける職場、尊厳ある職場はこうあるべきだと私は考えています」
来年オープンを予定している新しい物流センターは、ZEB認証取得、CASBEE評価認証A評価、ロボットを導入しAIの活用も検討中と、いわば“GX倉庫”として運用する準備を整えています。同社にとって初となる医療機器や精密機器といった付加価値の高い商材を取り扱う、新たなチャレンジの場でもあります。
中山氏は、大きな成果を上げたDXをはじめ同社の取り組みについて講演等で話す機会が増えているそうです。その中で、「当たり前のことしかしていないのではないか」と問われると、中山氏は次のように答えると言います。
中山氏「まさに、当たり前のことしかやっていません。ただ、当たり前のことが一番難しいのです。急に革新的なことをやるのではなく、当たり前のことを淡々と継続することがDXの実現に一番大切なことかもしれません」
◇◇◇
ハコベルでは定期的に各種セミナーを開催しております。
以下よりご確認いただき、ぜひご参加ください!