近年、物流業界ではトラックドライバーの長時間労働や契約にない附帯業務による負担増加などが問題視されています。
荷主勧告制度は、トラック運送事業者が法令違反を起こす際に荷主が関与していた場合、再発防止を目的として国土交通省が荷主に適切な是正措置を求める仕組みです。制度の導入により、輸送効率の向上や労働環境の改善が期待される一方、輸送コストの増加や契約内容の見直しなど、荷主企業には新たな対応が求められています。
本記事では、荷主勧告制度の概要や影響、荷主企業が取るべき対策について解説します。
荷主勧告制度は、トラック運送事業者が法令違反を起こす原因として荷主の関与が認められる場合、再発防止を促すために国土交通省が荷主に是正を求める制度です。制度の目的は過労運転や過積載、速度超過といった安全阻害行為の防止、輸送中の荷物の安全性確保です。
なお、荷主が不適切な要求や無理な納期設定を行った場合も対象です。トラック運送事業者が法令違反を起こし、原因に荷主の関与が認められる場合、協力要請書の発出、警告の発出、荷主勧告の流れで、再発防止に向けた適切な措置を講じるよう求められます。
1990年代以降、物流政策は規制緩和を進めてきましたが、過当競争の結果、トラックドライバーの労働環境悪化という弊害が顕在化しました。これを受けて、2010年代半ば以降、政府は規制強化へと舵を切り、ドライバーの労働環境の適正化を図るため、荷主に対する規制が強化されました。
この制度は、トラック運送事業者だけでなく荷主にも適切な責任を求めており、物流業界全体の安全性向上と労働環境の改善をめざしています。荷主勧告制度の詳細や改正の経緯については、以下の記事で詳しく解説しています。
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※参考:国土交通省,荷主の皆様へ…トラック運送事業者の法令違反行為に荷主の関与が判明すると荷主名が公表されます
荷主勧告制度は、物流業者・荷主企業双方へ以下の影響を与えます。
荷主勧告制度が物流業者に与えるメリットとして、ドライバーの労働環境改善が挙げられます。荷主が不合理な要求を控えるようになり、過積載や無理な運行スケジュールが減少するためです。長時間労働の抑制や安全運転の徹底により、人手不足の解消や輸送効率の向上が期待されています。
一方で、労働時間の制限による輸送能力の低下や、輸送コストの増加が課題です。収入減少による、ドライバー離職のリスクもあります。
また、荷主の不合理な行為を証明するために、記録の保存や証拠の提出が必要になり、事務作業の負担が増加する可能性もあるでしょう。荷主との取引関係が悪化するリスクを恐れて、報告をためらう場合も考えられます。
荷主企業は勧告を回避するために、物流業者と協力して効率的で合理的な取引環境を整備でき、適切な契約・取引条件を設定して物流の安定性を確保できます。
一方で、荷主が適正な運行を確保するため、運賃の見直しや契約条件の再調整が必要になる可能性があり、輸送コストの増加や利益の減少などの課題が生じます。特に、適切な契約管理や輸送計画の見直しが必要となり、結果的にリードタイムの増加や運賃引き上げが企業の収益に影響を与える場合があるでしょう。
また、違反が公表されると、社会的信用の低下も懸念されるため、制度への準拠と効率的な物流体制の構築が求められます。
荷主勧告制度に対して、荷主企業が取るべき対策を紹介します。
法改正によりトラックドライバー1人あたりの労働時間が短縮されるため、少ないドライバー数でも効率よく輸送を行う方法への見直しが求められています。
具体的には、以下のような対策が挙げられます。
複数の企業が協力して、荷物を1つのトラックにまとめて輸送する方法です。トラックの使用台数を減らし、効率的な輸送を実現します。
複数の企業の荷物を共同の倉庫に集約してから輸送する方法です。この仕組みは、荷待ち時間の削減にもつながります。
長距離輸送を複数のドライバーで分担する方法です。ドライバーの労働時間の削減にもつながります。
トラック輸送から船舶や鉄道を活用する輸送方法への転換です。ドライバーの労働時間の削減にもつながります。
積極的に高速道路を利用して、輸送のスピードを向上させ、ドライバーの運転時間を短縮できます。スムーズな配送を実現する手段として有効です。
荷待ち時間や荷役作業の時間を減らし、効率化の推進が重要です。政府のガイドラインでは、荷待ちや荷役作業などにかかる時間は合計2時間以内と荷主に求めています。(※)
※出典:国土交通省,物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン,p1
複数の荷物をパレットでまとめて運搬すれば、積み下ろし作業の効率が向上し、荷役時間の短縮につながります。
ハンディーターミナルを活用すると、仕分け作業を自動化できます。人為的なミスを防ぎながら、正確かつ迅速な作業が可能となり、荷役時間が短縮できます。
物流量を平準化すれば、特定の時間帯に集中する荷待ち時間を抑え、車両の稼働効率も向上します。
配送ルートを効率的に計画するシステムを導入すれば、無駄な待ち時間を削減し、スムーズな積み下ろしが実現します。
運行時間を適正に管理し、法定労働時間を遵守すると、過度な長時間労働の抑制を図れます。また、異常気象時や道路状況が悪化した際には、運行の中止・中断を検討し、無理な運行指示を避け、ドライバーの安全を最優先に確保しましょう。
タイトな納品期限は、トラックドライバーに長時間労働を強いる原因となります。特に長距離配送が必要な場合には、余裕を持った納品期限を設定し、ドライバーの負担軽減を図りましょう。
トラックドライバーの低賃金や長時間労働を引き起こす運賃契約は、荷主勧告制度に抵触する可能性があります。適正な運賃契約を結び、ドライバーの待遇改善と持続可能な物流運営の実現が必要です。
台風や豪雨、大雪などの異常気象時には、無理な運送依頼をしないことが求められます。物流企業の判断を尊重し、運行を中止・中断するなどの対応を行い、ドライバーの安全確保が最優先です。
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荷主勧告制度は、物流業界における法令違反の再発防止を目的とし、荷主企業にも輸送体制の見直しを促す重要な制度です。制度の導入により、輸送効率の向上や労働環境の改善といったメリットが期待される一方で、コストの増加やリードタイムの延長といった課題もあります。
そのため、荷主企業は共同配送や中継輸送の導入、契約内容の適正化や荷待ち時間の削減など、具体的な対策の実行が必要です。持続可能な物流体制の構築に向けて、荷主企業と物流業者が連携し、安全かつ効率的な輸送環境の整備が求められます。