物流業界で効率的な業務運営を目指す場合、選択肢の1つとして傭車(ようしゃ)の活用があります。自社のトラックやドライバーが不足した際や繁忙期、特殊案件が生じた際に対応可能となるためです。さらに、業務効率化やコスト削減を実現する手段としても注目されています。
ただし傭車を活用する場合、仕組みや注意点を十分に理解しておかなくてはなりません。
本記事では、傭車の基本的な定義やメリット、デメリットに加え、利用時の注意点について詳しく解説します。
傭車(ようしゃ)とは、自社の代わりに貨物輸送を請け負う外部の運送会社を指しており、物流業界特有の用語です。「傭兵」と「車両」を組み合わせた造語で、運送業務を他社に委ねる仕組みを表現しています。
ここでは、傭車の基本的な定義について解説します。
傭車とは、企業が自社で貨物輸送を行わず、別の運送会社にその役割を委託する形態です。この仕組みは物流業界における「利用運送」として公式に認知されており、利用には契約書の締結や届け出が必要となります。(※)
※出典:国土交通省近畿運輸局,貨物利用運送事業について
傭車を利用する理由は、輸送業務における需給バランスを調整するためです。
例えば繁忙期にトラックや人員が不足する状況で新たに車両や人材を確保しようとすると、コストがかかります。このような場合、傭車を使うことで一時的な支援を受けることができ、コストが削減可能です。
業務量が安定していない場合も、業務量の増減に柔軟に合わせた対応が可能となります。
また収益面で効率的ではない案件でも、傭車を利用することで効率良く業務を進められるようになるでしょう。
関連記事▶ラストワンマイル問題とは|現状や課題解決への取り組みをご紹介
傭車に似ている用語で「下請け」があります。
主な違いは、外部の運送会社を利用する際の期間です。一般的には、長期的に利用するのが「下請け」、短期的に利用するのが「傭車」となります。
ただし業界や企業によって解釈が異なるため、利用する際には契約内容を明確化しておくことが重要です。下表に「傭車」と「下請け」の一般的な違いをまとめました。
項目 | 傭車 | 下請け |
契約形態 | 「労働者派遣」ではなく、車両とドライバーをセットで契約。 | 特定の業務全体を請け負わせる契約(請負契約や業務委託契約)。 |
業務範囲 | 主に車両とドライバーの提供に限定され、輸送業務が中心。 | 輸送だけでなく、荷物の積卸し、梱包、倉庫管理など幅広い業務を含む場合がある。 |
運行管理の責任 | 依頼主(元請け)が責任を負う。 | 下請け側が責任を負う。 |
車両の所有 | 車両は傭車側が所有し、運送会社(元請け)が借りる形。 | 下請け業者が車両や設備を所有することが多い。 |
契約期間 | 短期間またはスポット的な利用が多い。 | 長期間または継続的な契約が多い。 |
関連記事▶下請法・物流特殊指定とは?違反行為についても詳しく解説
傭車を利用することは、依頼する荷主企業と引き受ける運送会社の双方に多くのメリットがあります。
ここでは、それぞれの立場で具体的なメリットを解説します。
荷主企業にとって傭車の活用は、業務の効率化を図り、柔軟性を高める重要な手段です。荷主企業側の主なメリットとしては次の内容になります。
特殊な案件に対応する場合、傭車の利用が効果的です。
例えば冷凍食品や危険物など、特別な設備やスキルを要する輸送の場合です。専門知識や設備を有する外部業者に依頼することで、対応可能な案件の範囲を広げることができるでしょう。
急な依頼や緊急時の案件対応に迅速に対応できるのも傭車のメリットです。
自社のトラックやドライバーが不足している場合でも、外部の運送会社に依頼することで納期を守りながら業務を進められます。予測不能な状況への対応力として、この柔軟性は貴重な選択肢の1つと言えます。
傭車を利用することにより、人件費や車両の維持費を効率的に削減できます。
繁忙期の需要増加時に外部リソースを活用することで、閑散期の不要な固定費を抑えつつ、スムーズな企業運営が可能となるためです。
例えば新しいトラックを購入したり、専属のドライバーを雇用したりするコストを削減できます。
傭車業務では、収益性の向上や業務範囲の拡大が期待できます。運送会社側の主なメリットは次の通りです。
傭車業務を通じて取引先との信頼関係を構築することが可能です。継続的な業務依頼や新規案件の紹介を受けられる可能性が広がるでしょう。
このようなネットワークの構築は、運送会社の長期的な発展において重要な資産となります。
傭車業務を通じて、未経験の輸送案件や新しい分野への進出が可能になります。
経験を蓄積し実績を増やすことで、会社の信頼性や競争力が向上し、さらなる取引機会の増加が見込まれるでしょう。
閑散期や繁忙期に関係なく業務を受注することで、一定の売上確保が可能です。
特に自社のリソースが空いている時期に傭車業務を受けることで、収益を最大化し、経営の安定化を図ることができます。
傭車には多くのメリットがある一方でデメリットも存在します。
ここでは、荷主企業と運送会社それぞれが直面する可能性のあるデメリットを解説します。
荷主企業が傭車を利用する際には、効率化や柔軟性の恩恵を受ける一方で、いくつかの課題も存在しています。主なデメリットは次の通りです。
輸送中に事故やトラブルが発生した場合、責任は依頼主である荷主側が問われることが多いでしょう。特に取引先は傭車の存在を認識していないため、トラブルの内容によっては荷主の信用や評判に直接的な影響を及ぼす可能性があります。
また、トラブルが発生していなくても傭車業者の対応が不十分な場合、荷主の評価が損なわれることも考えられます。傭車の依頼先は慎重に選択する必要があると言えます。
傭車では、自社車両のようにリアルタイムでの運行管理が容易ではありません。
自社車両では通常、デジタルタコグラフや運行管理システムを活用することで運行状況の把握が可能です。しかし傭車では、これらのシステムが使用できない場合があります。
その結果、輸送状況の確認や配送進捗の把握が困難となり、顧客からの問い合わせに迅速に対応できないリスクが考えられるでしょう。
傭車のドライバーは自社の従業員ではないため、自社基準の教育を直接行うことは難しい状況です。そのため、企業が求める品質基準を満たせない可能性や、特殊な設備や操作が必要な作業で問題が生じる場合があります。
運送会社側にもさまざまなリスクや課題があります。主なデメリットは次の通りです。
スポット契約が多く、業務依頼は繁忙期には集中、閑散期には減少するため、収益が不安定になりやすいです。
また傭車の運賃は、仲介業者や契約条件により手数料が差し引かれた金額となります。
傭車の業務中に事故が発生した場合、依頼元である荷主が責任を負うのが一般的ですが、場合によっては運送会社も責任を問われるケースがあります。
特に大きな事故や貨物の紛失が発生した際には、法的責任や保険の適用範囲をめぐってトラブルに発展する可能性もあり得るでしょう。事前に契約内容を確認し、リスク管理を徹底することが重要です。
傭車を効果的に利用するためには、適切な手続きと管理が重要です。ここでは、契約、教育に関する具体的な注意点を解説します。
傭車では、適切な契約が重要です。
貨物自動車の運賃は、国土交通省が「標準的な運賃」として定めています。傭車の場合も同様に適用されます。距離や車種、割増率・割引率、上限下限率、各種料金などの条件を設定することで、標準的な運賃を算出可能です。(※)
関連記事▶標準的運賃とは?定義や改正のポイント、運賃の計算方法まで詳しく解説
傭車を利用する場合、「利用運送契約書」「運送委託契約書」を作成し、運輸局に届け出る必要があります。(※)また運送会社側は、運行管理者資格者証の認定を受けている人の中から「運行管理者」の選任が必要です。(※)
傭車に関する契約を結ぶ際には、各当事者の責任範囲や作業内容を明確化することが重要となります。書面で合意内容を記録し、万一トラブルが生じた際の対応方法を事前に決定しておくことで、不要な対立の回避が可能です。
※出典
・国土交通省,トラック輸送の「標準的な運賃」が定められました【令和2年版】
・国土交通省,利用運送契約書 作成例
・国土交通省,運送委託者の方へのお知らせ
・国土交通省自動車交通局,自動車総合安全情報ホームページ 運行管理者について
関連記事▶2024年の貨物自動車運送事業法改正とは?荷主企業に必要な取り組みを分かりやすく解説
関連記事▶22024年問題における荷主の責任とは?影響を避けるための3つの対策を解説
傭車のドライバーが荷主企業の基準を満たすためには、事前に十分な教育や研修を行うことが大切です。特に荷物の取り扱いや納品先での手順に関する具体的な情報を提供することで、発生するトラブルを事前に回避できます。
また教育や研修を行う際には、ドライバー側の負担を軽減する工夫も必要です。例えば分かりやすく簡潔な資料を用意するなど、短時間で効率的な教育ができる工夫を整えましょう。
本記事では、傭車の基本的な定義やメリット、デメリット、利用時の注意点について解説しました。
傭車を効果的に利用すれば、自社のトラックや人員が不足する繁忙期に効率良く業務遂行が可能です。また業務の効率化、コスト削減も期待できるでしょう。
傭車の利用にはリスクも存在していますが、事前に対処しておくことで回避が可能です。自社業務の効率化、コスト削減を考えている場合、信頼できる傭車の利用をおすすめします。