自動車運転者の長時間労働が社会問題化するなか、2024年4月に改善基準告示が大幅に改正され、物流業界に大きな影響を与えています。運転者の労働時間や拘束時間の上限設定など、より踏み込んだ基準により、運送会社は運転者の健康と安全確保、物流の安定供給の両立という難題に直面している状況です。
本記事では、改善基準告示の概要と対象や、物流業界に与える影響、改善基準告示に対して事業者が取るべき対応策について詳しく解説します。運転者不足や荷主協力の確保など、課題に頭を悩ませている荷主企業の経営者や物流担当者は、ぜひ参考にしてください。
まず、改善基準告示の概要と活用例について解説します。
改善基準告示は、自動車運転者の労働時間や拘束時間、休息期間などに関する基準を定めた厚生労働省の告示です。「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」として、自動車運転者の長時間労働を防止し、健康で安全な労働環境を確保することを目的としています。
改善基準告示は、1989年2月に制定され、その後も社会情勢に応じて改正が行われてきました。2024年4月には大幅な改正が適用され、運転者の拘束時間や労働環境に関する基準がさらに強化されています。
※参考:自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト,トラック運転者の改善基準告示
改善基準告示の対象となるのは、事業用自動車の運転者です。具体的には、事業用自動車(トラック、バス、タクシー、ハイヤーなど)の運転業務に従事する者が該当します。改善基準告示では各業態ごとに、拘束時間の上限、休息期間の下限など、詳細な基準が定められています。
例えば、トラック運転者の場合、現行の拘束時間の上限は293時間以内(労使協定により年6か月まで320時間に延長可)とされていましたが、2024年4月の改正で原則月284時間(例外により年6か月まで310時間まで延長可)に短縮されました。
※参考:自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト,トラック運転者の改善基準告示
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改善基準告示が改正された背景には、自動車運転者の長時間労働と健康被害の深刻化があります。自動車運転者は長時間労働の割合が高く、長時間労働が起因して脳疾患・心臓疾患の労災認定がされた労働者の割合も、ほかの職種と比べて高い状況です。
こうした状況を受け、運転者の労働環境改善に向けた法整備の必要性が高まり、改善基準告示の改正に至ったとされています。
※参考:厚生労働省(神奈川労働局),自動車運転者の労働時間等の労働条件確保・改善に向けて 【監督課】
改善基準告示による影響を、ドライバーと企業それぞれの観点から解説します。
改善基準告示の改正後は、自動車運転者の長時間労働の是正が図られ、健康リスクの低減と安全性の向上が期待されます。具体的には、拘束時間の上限設定により、睡眠障害や生活習慣病の発症リスクが低下するでしょう。
また、過労運転の防止による、交通事故の発生率の低減も期待されています。実際、トラック運転手の拘束時間上限が年間3,516時間から3,300時間に短縮されるなど、各業態で労働時間の削減が図られています。こうした取り組みは、ドライバーの健康増進と事故防止の両面から重要です。
改善基準告示の改正は、運送会社に対し、運行管理と勤怠管理の適正化を求めるものです。基準に違反した場合、行政処分や罰則の対象となるため、コンプライアンス上の重要性が一層高まっています。
一方で、ドライバーの拘束時間の短縮は、人材確保や運賃交渉などの課題にも関連性があります。全日本トラック協会の調査でも、ドライバー不足により人材の確保と定着が喫緊の課題とされました。
こうしたなか、事業者はデジタルタコグラフやIT点呼などの機器導入による運行管理の効率化、荷主との運賃交渉や傭車の活用によるコスト吸収など、さまざまな対応を迫られているのが現状です。法令遵守と経営効率化のバランスを取ることが、事業者の重要な経営課題であるといえるでしょう。
※参考:公益社団法人全日本トラック協会,トラック運送業界の2024年問題について,p10
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ここでは、改善基準告示への対応策と、その影響を受ける運送会社の対応例を紹介します。
改善基準告示への対応策として事業者に求められるのは、運転者の勤務実態の正確な把握と、荷主との協力体制の構築です。具体的には、以下のような取り組みが考えられます。
デジタルタコグラフや配車システムなどの導入により、運転者の労働時間管理を適正化します。
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勤務シフトやルート、車両の最適化を図り、効率的な運行体制を構築します。
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積み込みや取卸し時間の短縮、付帯作業の削減などについて荷主に協力を依頼し、共に改善策を検討します。
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規制緩和や補助金といった支援策の拡充を、業界団体などを通じて働きかけます。
過積載防止や健康管理の重要性について、運転者への教育を徹底します。
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こうした取り組みを通じて、運転者の労働環境改善と物流の安定供給の両立を目指すことが重要です。
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以下に、改善基準告示改正に対応した事業者の具体的な取り組み事例を紹介します。
北海道にある運輸会社では、ドライバーの業務の多くが荷物の積み替え作業で占められており、ドライバーの労働時間が増加していました。そのほかにも、ドライバーが慣れない作業を行うことで誤配が発生し、再配達への対応が長時間労働の要因となっていました。
そこで、ヤード内での商品を効率良く仕分けるためにロケーション化を進め、シャーシの固定を導入。また、荷主に対して配送先表示の改善を依頼し、送付先情報の整理と表示の徹底を実施しました。これらの取り組みにより、仕分け作業の効率が向上し、ドライバーの作業時間や拘束時間の短縮が実現しています。
さらに、この運輸会社では積載ミスが多く、調査したところ類似商品が多いことが判明しました。そこで、類似商品をリスト化してドライバー全員に配布し、積み込み時の確認を徹底。加えて、積み込み場所が日々変わる問題に対しては、毎日更新されるロケーション表示カードを作成してドライバーに配布しました。
これにより、積載ミスの減少とともに積み込み作業時間の短縮を達成し、ドライバーの作業効率が大幅に改善されました。
香川県にある運送会社では、長距離輸送時において、休息期間の確保が十分でない状況にありました。具体的には、顧客の都合で早朝出勤を余儀なくされ、運転者の拘束時間が長くなる問題が懸念されていたそうです。
そこで、会社規定で出勤時間を明確化し、ドライバーに時間管理の重要性や健康リスクを説明することで、理解を深めました。同時に、荷主側にもスケジュール改善を交渉し、土曜日積込みを金曜日に前倒しするなどの対応を試みました。
また、ドライバーの休息時間を確保するため、輸送区間でのフェリーの利用を提案し、荷主側が燃料サーチャージを負担することで新たな輸送経路を確立。その結果、ドライバーの労働負担が軽減されただけではなく、荷主企業からの信頼を得ることにも成功しました。最終的に、この取り組みにより1年間で「無事故・無違反・労災ゼロ」を達成する成果を上げ、持続可能な労働環境の構築に貢献しています。
※参考:自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト,トラック運転者の改善事例
改善基準告示は自動車運転者の長時間労働防止と、健康で安全な労働環境確保を目的とした重要な指針です。2024年4月の改正で拘束時間の上限設定など、より踏み込んだ基準となり、事業者は運行管理高度化、勤務シフト工夫、荷主協議など多角的な取り組みを求められています。
運転者の健康と安全確保、物流の安定供給の両立が肝要ですが、運転者不足や荷主協力の確保といった課題も残るのが現状といえるでしょう。改善基準告示への対応には、行政、事業者、荷主、運転者が一体となった取り組みが求められます。